[2007年12月投稿] JA3CRT第一級アマチュア無線技師
真空管アンプと アマチュア無線開局当時の写真


            
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LUX A3500 真空管メインアンプ

平成19年の秋のはじめに、このアンプの修理依頼があり 記念に撮りました。

やはり秋はこんなアンプに火を入れて音楽を聴いてみたい気分に成りますね。


今まで大事に使ってこられた事を思い、私が修理する事にしました。
修理するのが楽しみです。


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全容です、普段は後ろのカバーをセットします
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修理完了結果報告

年末は忙しく手がける事が出来なかったが1月に入り取り掛かった。

症状 使用中6CA7のプレートが赤熱する
原因 各ドライバーからのカップリングコンデンサー絶縁不良の為取替え
絶縁不良となったコンデンサーがバイアス電圧を変化させプレート電流が
増大したと考えられる
発見 6CA7の足に錆が発生しソケットとの接触不良。取り除き処理
調整 バイアス電圧調整VR接触不良。VR修理後-50V再調整
確認 10時間を3日間通電テスト中6CA7のプレート赤熱認められない。
感想 ヒヤリングテスト中は非常に安定し真空管でないと出ない癒される音だ。  
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アマチュア無線公開実験

昭和35年ごろ宮津アマチュア無線クラブ(JA3YDU)が開局し文化祭行事で公開実験を宮津小学校で行った時のスナップです。南校舎に繋がる渡り廊下で大体育館側面です

沢山のメンバーの参加で成功しました(JA3BON、JA3DEU、JA3OE、JA3NNF、そのほかビギナーも数名) 時たま、オペレーターは私JA3CRTです。見学している少年は、確か岩滝町の糸井君だと言っていた記憶があります

正面の大きな送信機は(AM変調)ファイナル807 変調機807プッシュ 送信出力10Wと右隣VFOとAM受信機、JA3CRTの自作リグです。

クラブ員が持ち込んでくれた卓上のリグは
左端はJA3DEUさん(八重洲無線+上にDEUさん自作のVFO、右端は(私の影で良く見えない) JA3BONさん(デリカ受信機+アンバクスAM送信機?)
壁面には解説をしたポスターを掲げ、アマチュア無線の普及に努めていました。
その後も宮津市が行っていた防災訓練に積極的にYDUは無線通信で度々参加しました。
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開局当時の Myシャック

2階の縁側に1畳くらいなスペースを利用して無線室を作りました。
弟が宮津高等学校建築科1年の時、夏休みを利用して制作してくれて大変助かりました
(後に彼が京都四条大橋の欄干を設計するとは思いもよりませんでした)いい思い出です。
左の壁面にアンテナカプラー、テレコの上に見えるのは制限増幅器、
斜めのラックには左からRFシグナルゲネレーター、VFO、受信機がそれぞれ収まっています。マイクロホンは高級に見えますがAIWAのクリスタルマイク、
ベニヤ板造りなので夏は熱く冬はとても寒い、しかし楽しかった。

昭和39年10月16日峰山の無線家と交信中に中国の核実験に遭遇した、初めは何だか分からなかったが、Sメーターがどんどん下がり相手の信号が全く聞こえ無くなった。暫くすると徐々に回復してきて正常に戻った
あくる日新聞に中国の核実験が報道された。この無線室で偶然にも貴重な体験をした。
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Myシャック SSBに

昭和38年頃から構想を練っていたSSB送信機が昭和41年にやっと完成し、その頃の無線室です。中の棚には自作のSSB送信機が並んでいます
左が電源と音声プリアンプ機器、中央はSSB発生器:RFミキサー:VFO:終段6146パラ送信出力100W機器、右端にテスター、バルボル 

下には左からオッシロスコープ(トリオ)、受信機SR550(スター)、テレコTC101(ソニー)。
拡大して見るとAM機で使用していたパーツを利用しているのがよく分かります。

SSB送信機の内容は フイルターは使用せずフェージング方式ですフェーズシフトネットワーク(PSN)も自作です 周波数帯は3.5M 7M 21M 28M
変調形式はSSB:AM:FM:CW:toneCW:のオールモード
改造しては測定の繰り返し、カット&トライで究極のアナログの世界でした。
   
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アマチュアテレビ送信 1

昭和48年頃アマチュア無線でテレビ中継はまだ珍しかったですが,あえて挑んでみました。
430M帯のFM送信機を振幅変調に改造して実験しました 受信点の距離は600Mぐらい離れたJA3DEUさん宅です。
送信アンテナは無指向性、受信アンテナはUHFテレビ用しかも私のテレビ電波を160度後方より受信した形になっていました。
受信アンテナを私の方向に向けてくれていたら、もっと良い画像が得られていたと思っています。

受信装置は当時のテレビ用のUHFコンバーターを430M帯受信可能な様に改造したのをDEUさんに宅にセットしてもらい実験に入りました。

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アマチュアテレビ送信 2

あまりに実験がうまく成功した嬉しさに家族と一緒の所を、お願いしてカメラで撮って頂きました。
左から 妻、長女、私、長男です(当時34歳の私と家族です)
今でもその時の感激がよみがえってきます。


実験に協力して頂き写真に撮って頂いた方は JA3DEUさんでした。


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Myシャック デジタル入門でパソコンとドッキング

昭和53年に第一級アマチュア無線技師のライセンスを取得しましたので、私のハムライフもその頃から更に盛んでした
平成3年のお正月 娘に撮ってもらたスナップです、ちょっと大人になったシャックかな。

数年前には まだ国産のパソコンが無かったのでコモドール社の[PET] を求め、ベーシックでプログラム作りをしてました。まだまだWin95は先でデビュー
右から 128MBデュアルのフロッピードライブ、受信機、プリンター、PET本体
この頃に144MHzのSSBが流行り出しました、受信機JR599(トリオ)の上にトランシーバーが載っています、(Belcomライナー2)
ただ今休止中ですが 必ずこの手作りのリグでまた電波を出します ので皆さんとQSOを交わしましょう。
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ゲルマニュームラジオ【平成5年投稿】

私が小学校の時、鉱石ラジオを何台も作り(感度の良い物に)夜中に布団に潜りながら聞いていた頃を思い出します、皆さんにも鉱石ラジオの思い出は?

思い出に触れながらペンケースの中に仕組んで見ました
アンテナは電灯線アンテナで、とても良く聞こえます。





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蓋を開けるとバリコンの近くにゲルマニュームダイオードが見えます


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